大事なことは「見守る」


前回、
「絶対的に正義」
「絶対的に悪」
ではなく、
「別視点の見方」を持つ

という話をしました、
 
 
 
今回は、もう少し突っ込んだ話をします。
 
 
 
「別視点の見方」としていくつか例を挙げましたが、

それでも
「別視点の見方」

つまり
「例外」
というものを考えられないという場合があると思います。
 
 
 
それは、言ってしまえば、
「心の頑(かたく)なさ」の顕れです。

そこには、
「例外は許せない」
という凝り固まった思考があります。
 
 
 
しかし、自分の「例外」に当てはまる人がいる、
ということを知るだけで、その
「心の頑(かたく)なさ」
というものを氷解することができます。
 
 
「例外」を見渡せない高さにいたのが、
1つ上に移動してみると、
「例外」の中にあるものまで見渡せるようになるのです。
 
 
 
世の中を見ていけば、
絶対的だと思っていたものは数え切れないと思います。

例えば、、
平和こそ絶対的、戦争や差別はいけない
と信じていても、

見方を変えると、

戦争は「侵略から自国を守るための自衛」
差別は「住み分けのための区別」

という見方もできるわけです。
 
 
「必要悪」という言葉もあるように
どうしても必要だという見方もあるのです。
 
 
会社組織、という例を考えてみてれば、わかりやすいかもしれませんね。

ただの平社員だった頃は、
上司に対して愚痴を言っていたのが、

いざ自分が上司になったときに、

その上司の苦労がわかる、

と言った感じです。
 
 
 
 
 
また、
世の中には、普通の常識で考えたら信じられないような
「許し」
を持つことができる人もいるのです。
 
 
普通に考えたら、
「これは絶対に許せない」
と思うことを許せる人も世の中にはいるわけです。

例えば、この動画。
https://www.youtube.com/watch?v=_d6I_hpoc0I

この動画は、自分の娘を殺した殺人犯を許す母親についての内容です。
 
 
 
そうそう、

僕の場合ですが、割と最近、
900万円相当の資産を盗まれたこともありましたっけ(笑)
 
 
では何故、「許せる」のでしょう?
 
 
それは、「聖人君子だから」ではありません。
 
それは、相手を許すことによって、
「自分が楽になる」
ということを知っているからです。

抽象度が上がり、俯瞰した視点を持つことの「メリット」を知っているわけです。

逆を言えば、
「相手を許さないこと」
が大きな「デメリット」であることも知っているからです。
 
 
 
この「抽象度を上げる」
という行為ができるようになれば、

対立しているように見える概念をまとめて新しい一つのものを生み出す、
ということができるようになります。

思考の抽象度を上げていけば、
凝り固まった思考もなくなり、
「融和」することができます。
 
 
非難したくなるような行動をとっている人や
自分にとってネガティブに感じる行動をとっている人

等に対して、相手の気持ちや背景が「観える」と、、
自分の中での「解釈」は変わっていきます。
それに対する「感情」も全く別のものになります。
 
 
 
人間の脳の仕組み上、
事象や現象そのものを、「あるがまま」には認識することができない
ということをあなたは知っていますか?
 
 
これは、RAS(脳幹網様体賦活系)というものの働きで、
その人の過去の経験により、
事象や現象の「解釈」は変わります。


そして、その「解釈」はその後の経験により変えていくこともできます。

そうやって抽象度が上がれば、
全てのものと「融和」できます。
 
 
 
しかし、ここで気をつける必要があります。
それは、
「他人を変えることは難しい」
ということです。

自分の意見を持ちすぎては軋轢(あつれき)が生まれる可能性があります。

身近な人が絶対性に囚われているとして、

その人に対して、

『絶対なんてない』

というのは相手を否定することになります。

「融和」にはなっていません。
 
 
そこであなたができることは、

「見守る」ことです。
 
 
「見守る」
というのは、

相手の信念と自分の信念が違っていることを認めつつも、

相手がその信念を持つことを「許す」

ということです。
 
 
実際のところ、
自分なりの正解(=信念)を持たないと、
人は生きていくことはできません。
 
 
自分の主観で考えれば、
「自分が正解、相手は間違い」
だと「思う」こと自体は良いわけです。

しかし同時に、そこで相手に寄り添って、

相手自身も同じである、
ということも理解する必要があります。

つまりは、
「相手が正解、自分が間違い」
だということです。

 
 
「自分」対「相手」という視点にいると、

常に「対立」とかぶつかる可能性があります。
 
もしくは、「奪い合う」ということにもなりかねません。
 
自分が相手を負かす、
という「勝ち負け」に囚われてしまいます
 
 
 
 
 
 
 
このように
「絶対的に正義」
「絶対的に悪」
ではない、「別視点の見方」を持つためには、

まずは「例外を知る」必要があります。
 
 
しかし、あなたが「別視点の見方」を持ったとしても
相手は必ずしもそうではありません。

逆に「あなたは間違っている」として、
相手を否定してしまう可能性があります。
 
 
そこで、あくまで
「他人を変えることは難しい」
と言う前提の上で
 
相手の信念と自分の信念が違っていることを認めつつも、
相手がその信念を持つことを「許す」

つまり、
「見守る」
ということをしてくことが大切になります。
posted by かみん at 00:00 | Comment(0) | 治す〜最も大事なこと〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする